誰かが生きたかった明日

生と死、交通安全、そんな事を考えさせる二つの記事を紹介します。

一つはお会いしたこともないのに勝手にギターの師と仰ぐ瀧澤克成さんのブログ

戦争はよくない

自殺防止のポスターの文句「君が生きている今日は、誰かが生きたかった明日だよ。」
から、沖縄で見て来た戦争の悲惨さについて述べられています。

冒頭の自殺防止ポスターの文句には、『「誰かが」と他人の事を慮れるなら自殺なんか考えない。』と述べられていますが、自殺志願者の立場に立てばその通りで、そういう人は自己肯定感を持てなくなっている人。
そういう人には、「生きてるだけで儲けもん」とかのほうが響くのかもしれない。

自分の良いところ、例えば「みんなが嫌いと言うピーマンが食べられる」位の一見くだらない事でも良いから、そういう事を毎日一つでも挙げて行くという作業をしてみるといいかもしれないし、「誰かに自分の良いところを訊いてみな」でも良いのかもしれない。

なので、自殺防止としては「誰かが生きたかった明日」というのは効果が薄いのかもしれないけど、普通の精神状態の人にとってはとても重い言葉。

当たり前に明日が有ると思っていた人が、事故や突然の病気で亡くなるという事は毎日のように起こる。

戦争状態なら尚更、毎日何千人、何万人と死んでいく。
そんな事を瀧澤さんはひめゆりの塔で改めて認識したという。

そんな時代を生き抜いた人たちの子孫が自分たち。
そんな時代を経て少なくとも国内で戦闘状態の無い時代に生まれた我々。

生きるという事にもっと真摯に向き合うべきではないか、まぁ、自殺を考えちゃいそうな人は、とりあえず、のうのうとでも良いから生きていれば儲けもんだよと言ってあげたいですが、自分には、社会貢献ができているかとか誰かに必要とされているかなんてことを考えて、生きて行かなければなと、改めて思いました。


もう一つ、自転車を趣味にしている人なら一度は耳にしたことのあるであろう、絹代さんのブログ。

辛すぎる事故から考えなくてはいけないこと

瀧澤さんの記事の冒頭にも述べられていた、保育園児の列に自動車が突っ込んだ事故の話。

絹代さんご自身も一児の母であり、保育園にお世話になっている身であり、自転車の活用促進などの活動をされているからこそ気になる事故なのであろう。

この事故では保育園の道を挟んで正面の公園に行くのに、信号のある交差点まで迂回して園児を連れていたという。
そうした保育園の気遣いにも関わらず、事故は起きてしまった。

そして、こうした事故を防ぐのに必要なのはガードレール、自動運転、速度制限といったハードウエア面の事なのか、否、自動車運転者の意識なのだという。

全くその通り。

私も自動車を運転する身として気を引き締めなければいけない。
もちろん、自転車であっても人を傷つけることはある。

これまでも、何度も園児や学童の列に自動車が突っ込むという事故は起きているが、実は、私の息子が通っていた保育園の姉妹園でも、同様の事故が有った。

近くの公園へ行く途中、わき見運転の自動車が突っ込み、数名の園児が死亡。

亡くなったり怪我をした子供たちや保育士さんとは私も息子も面識が無かったが、こうした事故をとても自分事として感じられた。

なので、私も今回の事故には他人事ではいられない。

クルマの運転は免許を得て行う業務であることを忘れてはならない。
いわば、免許を持っている人は皆運転のプロである筈なのだ。
プロに恥じぬ運転をしたい。

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